「高橋源一郎の飛ぶ教室」で紹介されていた本 2021.1.22

推し、燃ゆ

毎週金曜日の夜は、NHKラジオ第1で高橋源一郎氏の夜の学校。

高橋源一郎の飛ぶ教室

「ひみつの本棚」は、宇佐美りん氏の『推し、燃ゆ』で、「きょうのセンセイ」も宇佐美りん氏。作家同士の年齢が離れているからこその会話で、とても貴重に感じました。

なのでとても楽しく聞いていたのですが、その後オープニングトークに関して調べたことが頭を離れなくて、今も考えています。

オープニングトークは「1965年の推し、燃ゆ」として、1965年7月25日のNew Port Folk Festivalでのボブ・ディラン(Bob Dylan)氏のこと。私は知らなかったので、“Like a Rolling Stone”、“Mr. Tambourine Man”、 最後に演奏した “It’s all over now, Baby Blue” といった曲名などから探して、当時の様子をいくらか知ることができました。

けれど、この65年のことよりも、あとで源一郎氏がポピュラーミュージック最大の炎上と言っていたシニード・オコナー(Sinéad O’Connor)氏の出来事のほうが気になってしまって。1992年にシニード・オコナー氏がサタデー・ナイト・ライブに出演した時、生放送でローマ教皇の写真を引き裂いた。その後出演したボブ・ディラン氏30周年のトリビュートコンサートでは、会場から大ブーイングされる中、オコナー氏はBob Marley氏の “War” を歌った。 私、この件はあとから雑誌で知った気がするのですが、すっかり忘れていました。

オコナー氏の行動は、カトリック教会で行われてきた児童虐待や隠ぺい体質を批判するもので、だから彼女は“War” の歌詞の一部をchild abuseと変えて訴えたと知りました。当時も彼女の行動に理解を示す人はいたと思うけれど、今だったら92年とは違う反応があるだろうな、と思うと、当時のオコナー氏の孤独を想像して辛い気持ちになりました。写真を引き裂く行為は肯定しないけれど、今だったら私もSNSの片隅で、オコナー氏の話を聞きます、という姿勢は示せたんじゃないかな、とか。ボブ・ディラン氏がこの件に対して何も発言していなかったとしたらちょっと不思議だな、と私も気になりました。まだ調べきれていないのですが、今も色々考えています。

こちらのサタデー・ナイト・ライブでの歌唱がみられる記事を読みました。

In 1992, Sinéad O'Connor forced us to confront the horrors of child abuse
"A single, three-minute solo performance made an indelible mark on our culture"

放送はこちらで聞けます。(2020/1/27 PM9:55まで)

日本語

推し、燃ゆ

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出版 河出書房新社

2020.09.10

日本語

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